先日、前からいい話だとは聞いていたのですが、観れていなかったホリエモンの近畿大学卒業式でのスピーチをYouTubeで観ました。
見終わってから「いい話だなぁ~」と思っていたのですが・・・
しばらくして、ふと思ったことがあります。
スピーチの要旨は、「未来を怖れず、過去に執着せず、今を生きろ」ってことと受け止めたのですが、話の中で「未来のことなんか誰も予想できない、老後のことは老後に考えればいいじゃないですか」っていうような発言がありました。
聞いている時は「その通りだな」と思っていたのですが、後で考えると、これは大学生向けのスピーチで、20代の人にはそうかも知れないけど、50代の僕には、そろそろ老後のことを考えるお年頃になったのでは?とも思えました。
昭和の時代なら定年も55才で、余生の始まる頃だし(^-^;
当然のことですが、自分の老後は、日本の未来に連動してきます。
確かに未来のことは分かりません。
頭のいい人達がいろいろと日本の未来を予測していますが、これはあまりあてになりません。
誰の予測が当たるのか分からないからです。
今は分からないですが、昔、競馬場に行くと予想屋さんがいて、勝ち馬の予想を売っていました。でも何人もいる予想屋さんの誰が当たるのかが分からないんですよね。(一度だけ、買ったことあるけど・・・ちっ(-_-#))
たとえば、サイコロの出目を予測するとして、百人のサイコロ評論家が出て来て予測するとします。たぶん、誰かが当たると思います。
それで、何回かに一回は、変な方に転がって行って食器棚の下かなんかに入って分からなくなっちゃうと、口々に「想定外でこれは誰にも予想できなかった」って言うわけです(^^;)
そんなことに意味があると思いますか?
僕はあると思います(^-^;
と言うのも、競馬新聞を見ながらレースを予想するのが楽しいように、未来予想も趣味としては楽しいものです。(競馬は連戦連敗で辞めちゃいましたが)
世の中に、いろんな予測があふれかえっているのは、役に立つからではなく、ぶっちゃけ、楽しいからだと思います(^^;)
これは動物の本能が関係していると思います。昔は、森を歩いていても茂みからライオンなどが出て来ないか常に気をつけていないといけませんでした。
次に起こることを予測(警戒)するのは、たぶん、生き残るためのプログラムだと思います。
食べること、寝ること、セックスをすることと同じで、それを行うことで、快感が得られる仕組みになっているような気がします(^-^;
当たるも八卦当たらぬも八卦ですが、日本はこれからどうなっちゃうんだろうなと思う時、僕は歴史好きなので、過去のパターンを参考に考えています。
素直に考えると、本命の一番人気は、これからの数十年で、日本国は、ゆるやかに経済が縮小して、長期低迷していくというところでしょうか(^-^;
また、いつかゆっくり考えてみたいのですが、予測の大きな要因は・・・
与党も野党も政治家の質が微妙な問題でしょうか。
リーダーのかじ取りで集団の運命は、大きく変わりそうです。
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